部屋はしばらく重い沈黙に包まれていた。
悔しそうにずっと拳を握っているヨシュア、煙草を凄い間隔で吸い続ける羽狛さん。
そして俺はひたすら頭を抱えて他の選択肢を探していた。
暫くして凄い勢いで煙草を吸っていた羽狛さんが煙草を切らしたらしく空箱をぐしゃっと潰した。
そして小さく舌打ちをすると珍しく真剣な口調で話し始める。
「お前らどうすんだ?もう営業始まるぞ。辞めるんならもう帰っていい。」
ここで帰ると言う事はAVに出演すると言うようなものだ。
「やっぱり、どうにもならないのかい?」
ヨシュアは半分諦めたように羽狛さんに問いかける。
「悪りぃが俺にはどうにも出来ねぇよ。所詮は中間管理職だからなぁ...」
部屋にはもう諦めムードが漂っていた。
「僕一回くらいなら我慢するよ。半年間ネク君が毎日仕事するよりはいいかな...」
ヨシュアは溜息を吐きながら独り言のように呟いた。
「ヨシュアが出るなら俺も出る!」
「ネク君...ごめん、こんな事になって」
ヨシュアは両手で頭を抱えながら俯いた。
「お前と一緒なら平気だって。」
脚本の内容にもよるけどな...
落ち込むヨシュアとイラついている羽狛さん、案外俺だけ冷静なのは未だに実感が無いからなのだろうか。
「帰ろうぜ、ヨシュア」
塞ぎこむヨシュアを立たせようと力ない腕に触れると少し困った顔をされた。
「ごめんネク君、先帰っててよ。僕羽狛さんとちょっと話がしたいから。」
きっとヨシュアと羽狛さんの間にも清算するものが沢山あるのだろう。
色々と不安は募るけれど俺はヨシュアを信用して最後に二人だけにしてやる事にした。
「分かったよ、その...信じてるからな?ちゃんと帰って来いよ」
「うん、大丈夫だよネク君。約束は守るから。」
ヨシュアは冷たい手で俺の手を軽く握る。
俺はそれを握り返して事務所を出ようとした。
「羽狛さん!ヨシュアに変な事したら許さないからな!」
「はいはいっと。じゃあな〜ネク。」
心配と不安で後ろ髪引かれる思いだったけどヨシュアが言い出した事だ、信じよう。
そう自分に言い聞かせて俺は一人きりで家路に着いた。



「さ〜て、邪魔者は消えたなぁ」
そう言うと羽狛さんは僕の座っていたソファーにやって来て隣に腰を下ろした。
「まぁAVくらい犬に噛まれたと思って我慢してりゃぁすぐに終わるだろ。」
「僕はどうだっていいんだよ。でもネク君が、僕の所為で...」
羽狛さんは落ち込む僕の背中に腕を回すと自分の方に引き寄せた。
「やめてよ、もう僕はネク君の物になったんだから。」
その愛着のある腕からすり抜けようとすると、突然羽狛さんにソファーに押し倒されてしまった。
両手を押さえつけられて身動きが出来ないようにされると、羽狛さんは更に体重を掛けてきて僕を逃がさなかった。
「本気か?あんなガキ、金もねぇしテクもねぇ。お前の事扱えるとも思えねぇなぁ」
いつも余裕の彼が今は何だかイラついているみたいで少し可笑しかった。
ずっと彼の思い通りに動いてきた僕の突然の裏切りに少なからず動揺しているみたい。
「それでも羽狛さんと居るよりはずっとマシだよ。ネク君は僕をこの汚れた世界から連れ出してくれるんだから。」
すると彼は軽く嘲笑して僕の両手を片手で一纏めにすると空いた手でシャツのボタンを外していった。
「やめてよっ、こんな事する為に二人きりになったんじゃない!」
体を捩っても羽狛さんの力には敵わずにどんどん僕の衣服は乱されていく。
「こんな体でまともな生活出来んのか?お前も苦しいだろうが傍にいる奴はもっと苦しいぜ?」
「ネクくんはっきっと受け入れてくれるよ!やだっ!もう離してよっ...」
羽狛さんは一層強く僕の手首を拘束すると露わになった胸に舌を這わせてくる。
慣れた彼の愛撫は習慣の様に僕の快楽を呼び覚ましていった。
「お前が辞めたいって言うなら仕事辞めてもかまわねぇし、シャブから足洗いたいって言うなら俺が協力してやるから...行くな、ヨシュア」
何時に無く真剣な顔をして羽狛さんは僕の目をじっと見詰めた。
てっきり羽狛さんは僕を商品としか見ていないと思っていたから今更そんな事を言われて衝撃を受けた。
僕をシャブ漬けにしたのも全部羽狛さんなのに何故今頃になって急にそんな事を言うんだろう。
これも僕を繋ぐための演技なの?
「矛盾してるよ羽狛さん。僕に悪い事教えたの羽狛さんでしょう?」
「そうしないとお前は俺から逃げて行きそうだったからな、俺はヨシュアを繋いでたんじゃねぇよ。義弥を繋いでたんだ。」
義弥、という僕の本名を呼ばれて胸が震えた。
いつの間にか僕達はすれ違っていたらしい。
この仕事を始めて従業員と店長という関係になった時からお互い得体の知れない不信感に呪われてしまったのかもしれない。
羽狛さんの為に客に体を売る僕は、羽狛さんにとっては裏切りの様に見えたのだろうか。
ドラッグだけがそんな僕達を強く結びつけていたなんて、とても愚かで切ない。
「ちっと甘やかし過ぎたなぁ。お前が可愛いからつい、な。まさかあんなガキに持っていかれるなんて思ってなかったぜ」
それでも羽狛さんは行為をやめてくれなかった。
まるで僕から引き出される快感だけは自分に従順なのを確認するようにことごとく僕の性感帯を攻め続ける。
「ァ...や...ネクくんが僕のこと待ってるんだよっ...どうしても許してくれないならっ、せめて早く終わらせて...」
精一杯軽蔑の眼差しを込めて冷たく言い放つと羽狛さんは明らかに嫉妬の感情を顔に表した。
「チっ、やっぱシラフじゃつまんねぇな。」
そう言って胸ポケットから見慣れた結晶を取り出した。
足を洗うと決心した僕には魅力的だったその結晶も今は恐怖でしかない。
「やめてよっ!もうやらないってネク君と約束したんだよ!」
「本当にやめられると思ってんのか?死ぬより辛いぜぇ後遺症は」
「それでもっネク君を失うよりはいい!」
僕がそう言い放つと彼は溜息を吐いてその結晶の包みをテーブルに置いた。
それから苦笑すると両手を広げてまいった、と一言。
「やっぱり心までは縛れなかったかぁ。お前はもっと弱い奴だと思ってたぜ。」
僕の上に跨ったまま情けなく笑う羽狛さんに少しだけ胸が痛んだ。
結局彼は彼なりに僕を愛してくれていたんだろう。
「フフ、羽狛さんも案外ネク君に甘いんだね。どうにでもするチャンス沢山あったでしょう?」
すると羽狛さんは僕の体から離れると吸殻と化した煙草を咥えてもう一度火を付けた。
一服して落ち着いた羽狛さんは紫煙と共に溜息を吐くと、出逢った頃の様な懐かしくて優しい笑顔を浮かべた。
「大事なお前が惚れた奴に、無茶はできねぇよ...」
その笑顔を見ていたら色んな想いや懐かしい思い出が蘇ってきて僕の胸が詰まっていく。
形は歪だったにしろお互い確かに深く愛し合っていたんだね。
「さよならだね、羽狛さん」
「ああ、今回の事力になれなくて悪かったなぁ。元気でやれよ〜」
相変わらず緩い笑顔で羽狛さんは僕に手を振った。
散々二人で密会した事務所を懐かしく思いながら最後に見渡す。

「なんかあったらいつでも力になってやるからな。幸せになれよ、義弥...」

羽狛さんは俯きながら少しだけ震えた声で確かに僕を義弥と呼んだ。
僕はそんな彼を振り返らずに静かに二人の秘密の場所を出て行った。



自分の家なのに一人でいても全く落ち着かない。
羽狛さんという恋敵とヨシュアを二人きりにしてきたんだ、よく考えたらいくら俺がヨシュアを信じていても羽狛さんが無理矢理何かしないとも限らない。
せめて店の前で待っていれば良かった。
俺はひたすら後悔に浸りながらヨシュアの匂いの残るベッドに入って頭を抱えた。
ヨシュアのくるまっていたブランケットを抱き締めるとまるでヨシュアと寄り添っているみたいで寂しくなった。
ヨシュア、まさか羽狛さんに犯られたりしてないよな?!
悪い事もしてないよな?!心配で何度も携帯にヨシュアの番号を表示しては消して、を繰り返していると突然インターフォンの音が部屋に響いた。
俺は物凄い勢いでインターフォンのテレビ画面を覗くとそこには大好きなヨシュアが立っていた。
「お、遅いぞ!」
すかさず受話器を取って叫ぶと早く開けてよ、と静かにヨシュアが言ったので慌ててオートロックを開けてやった。


「ネク君ただいま...」
ヨシュアは疲れた顔をしてソファーに倒れるように横になった。
「だ、大丈夫だったのか?」
ついヨシュアの首筋や肌を確認してしまう。
「うん、ちゃんと羽狛さんの事、切ってきたよ。これでもう僕にはネク君しかいないや...」
ヨシュアは疲れきった顔で力無く俺を抱き寄せると腰の辺りにすがり付いてきた。
今日は俺よりも遥かにヨシュアの方が色々と精神的負担があったんだろう。
俺は甘やかすようにヨシュアの頭を優しく撫でた。
「フフ、ネク君ありがとう」
そう言ってヨシュアは俺の腰に巻き付いていた手をゆっくり移動させていつの間にか俺のお尻を揉んでいる。
「セクハラすんなっ//」
「フフっかわいいおしり」
そのままヨシュアの手は俺のスウェットのズボンに手をかけて下着と一緒にずり下ろした。
「うわぁ//!!いきなり何すんだよ!!」
不意討ち過ぎて焦った俺は慌てて両手で前を隠した。
「今凄くネク君としたいんだけどだめ?」
上目遣いでそんな風にねだられて断れる奴がどこにいるだろう。
「...好きにしろよ//」
「言われなくても。」
ヨシュアは俺の股間に顔を埋めるとこの雰囲気で少しだけその気になっていた俺の性器をくわえ始める。
ヨシュアの口の中でそれはあっという間に本気モードになっていった。
「っ...//」
立っている体を腰が支えられなくなり思わずソファーの背に手をついた。
するとヨシュアは俺から手を離し自分のベルトを外して下半身を晒すと、その膝の上に俺を抱き寄せた。
座ったヨシュアと体面する体勢にさせられて目を合わせるのが恥ずかしくて思わず俯いた。
俺の入り口にはずっとヨシュアの勃起したものが当たっている。
ちょっと腰を沈めたら入ってしまいそうだった。
「やっぱりこのままじゃ入らないよね...」
ヨシュアはにやりと笑うと急に俺の唇に指を這わし、それを口内に押し込んできた。
「んっ...」
「たくさん舐めてくれないとネク君の中に入れないよ?」
意味が分かってしまった俺は体が熱くなるのを感じながらぎこちなくその指に舌を這わした。
ヨシュアの指はまるでキスした時の舌のように俺の口の中をくすぶっていく。
「ネクくんの口の中、気持ちいい」
いつの間にか口の端からは飲みきれなかった唾液がだらしなく垂れていてヨシュアはそれを綺麗に拭うとその指を俺の中に挿入していった。
「ァ...んっ」
その感覚にまだ慣れなくてついヨシュアの首にしがみついた。
いつもの優しい愛撫とは違い今日のヨシュアはどこか性急に俺の中を慣らしていく。
若干痛みを伴っても少々乱暴なその愛撫につい体は反応していった。
ヨシュアは指を抜くと今度はそこに先端を押し当てる。
「入れて欲しいかい?」
やっぱり今日のヨシュアのセックスは少し違う。
遠慮がちに抱いていたのが今はこの体は自分の物、と言わんばかりに性欲を俺に押し付けてくる。
でもそんなセックスが案外嫌じゃなかったり...
「ねえ、どうして欲しいの、ネクくん」
「ばか、早く続きしろって//」
ヨシュアの耳元で勇気を出して呟くと、ヨシュアは満足そうな笑みを浮かべた。
「ほら、ネク君がちょっと腰を落とせば入っちゃうよ...やってみてよネクくん」
「っ//」
ヨシュアがやたら俺から求めて欲しがっているのが分かったので、恥を忍んでそんなヨシュアの為に自分から腰を沈めた。
「ん、ネクくん//」
「っあ...ん...」
自分の体重で何時もより深くヨシュアが突き刺さる。
その衝撃に苦しくなって再びヨシュアにしがみついた。
するとヨシュアは繋がったまま優しく俺を抱き締めた。
「ネクくん、ごめんっ...僕の我が儘聞いてくれるかい?」
俺の耳元でヨシュアが絞り出すように切ない声を上げた。
「なんだよっ...ァ...」
ヨシュアの様子がおかしい事は察していたけれどヨシュアを受け入れた体が熱くて余り会話に集中出来ない。
「僕一晩だけメグミ君の所に行ってもいいかい?そうすれば、ネクくんまでAVなんか出なくても許してくれると思うんだ。」
突然のヨシュアの申し出で熱にほだされた頭は急激に冷えていく。
体の疼きは気になるけど俺は冷静さを取り戻すと顔を上げて真剣な表情を作った。
「何言ってんだよっ...駄目だそんなの」
たしかにAV出るのは死ぬほど嫌だけどヨシュアがあの変態の餌食になるのはもっと嫌だった。
しかしヨシュアはそんな俺の気持ちを誤魔化すようにキスで口を塞ぐと行為を続けた。
色んな葛藤が沸き上がってきても中を揺さぶられれば頭の中は快楽に染まって堕落していく。
「あっ...だ、めだってっ...ン...」
話をしなければと思っても頭の中はどんどんピンク色で一杯になっていった。
揺さぶられる振動の心地好さや、体の芯が痺れるような快感、全身の力が抜けてヨシュアと溶けていくような幸せな感覚。
一回終わってもまた何度も体を開かれる。
それに身を任せていたら閉じている瞼の裏がどんどん白くなっていて俺の意識は深く沈んでいった。
いつまでも大好きなヨシュアの腕の中に居られると思っていた俺はヨシュアの想いも知らないまま静かに幸せな眠りについていた。




メグミ君から撮影の日程などは後日連絡する、というメールを貰ってから10日ほどの間、
僕達は嫌な事は全て忘れる様に毎日ネク君の家で寄り添っていた。
ネク君もあの客の金で借金を返済して肩の荷が降りたらしく、僕も安心したよ。
僕は羽狛さんの紹介で精神科に通って薬の後遺症を治している。
たまに酷いフラッシュバックや自暴自棄に襲われるけれど愛するネク君が隣にいればなんとかやっていけた。
ネク君は借金が出来てから暫く学校に休学届けを出していたらしく、まだ学校に行かずに僕の後遺症の面倒を見てくれている。
「ネク君ありがとう、ネク君とずっと一緒に居たいよ」
「な、何だよ急に///」
慣れてくると中々ネク君から好きって言ってくれなくて、でもたまに言うその一言が凄く重みが増して嬉しかった。
何かの間違いであんな裏の世界に来てしまった君だけど君はこれ以上穢れを知る必要も無いしずっと純粋で真っ直ぐなままでいて欲しい。
これ以上誰にも君を汚されたくないし、それが僕の所為だなんてなおさら許されない。
相変わらず頭痛にうなされて眠れない夜は気持ち良さそうに眠るネク君の寝顔を鎮痛剤の代わりにしている。
「ネク君、綺麗な寝顔。」
片足を突っ込んだとは言えまだ社会の闇を知らないネク君は僕にとって神聖な天使みたいだった。
これ以上、君を汚させないよ。
僕はずっと前から真っ黒に汚れているから、汚れるのはもう僕だけで十分だよ...
可愛い眠り姫を起こさないようにそっとベランダへ出た。
月明かりで目の前がチカチカし出して頭を抑えながら携帯で彼に電話をかけた。
『ああ!コンポーザー!きっと貴方から電話が来ると信じて待っていましたよ。』
早速録音しなければとかなんとか小声でブツブツ言うメグミ君を無視して僕は話を進めた。
「あのAVの話、メグミ君の言いたい事はもう分かってるよ。長い付き合いだしね。」
『ククク、コンポーザー!流石聡明でいらっしゃる。そもそも私はあのオレンジ頭の少年には無関心ですから』
悔しいの半分と諦めが半分でほぼ投げやりになっているのは決して薬の後遺症の所為ではない。
そもそも僕とネク君とは住む世界も違う、体も精神も半分壊れてる僕と居てもネク君を不幸にするだけだから。
ネク君が光の元を堂々と歩けるなら僕はこれでいいよ。
「じゃあ明日からそっちに行くよ。それでネク君は見逃してくれるんだよね?」
『当然ですコンポーザー!それでは朝にそちらへ迎えをよこしましょう。貴方との生活を楽しみにしていますよ!コンポーザー!』
分かっていたけれどやっぱり一晩だけ、という訳には行かないらしい。
大分前から僕を囲いたがっていたメグミ君の事だ、ネク君をダシにしてずっと僕と一緒に居る気だろう。
「まるで僕がお嫁に行くような言い方だね。くれぐれもネク君には関わらないでよ、約束して。」
『分かってますよコンポーザー!あああ!楽しみです!』
だんだん彼の呼吸が荒くなってきたので気分を害した僕は慌てて電話を切った。
夜風が肌にしみて頭痛に響くので静かにネク君の居るベッドへ戻ると不思議と痛みは和らいでいく。
僕が隣に来たのを無意識に気がついたのか、ネク君の腕が僕の体に甘えるように絡み付いてきた。
一時でも君との未来が夢見れて幸せだったよネク君。
明日から変態との変態な生活が待っていると思うとこのまま死んだ方がいいんじゃないかと思ってしまうけれど、
そんな事をしたらネク君に被害が行くに違いない。
僕は君を守る為に生き地獄へ行くんだよ、少しは感謝してよ?ネク君。
起こさないようにぷっくりした唇に軽くキスして体温の高いネク君の体をぎゅっと抱きしめた。
この感触や温もりを二度と忘れないように、僕がこの先生きていく理由を忘れないように長い夜の間いつまでも抱きしめていた。


「ん...ヨシュアぁ?」
気が付くとベッドが妙に広く感じて手探りでヨシュアを探してもシーツの感触ばかりだった。
病院にでも行ったのだろうか、その割には何も言わずに行くなんて何だかおかしい。
急に不安になった俺は部屋中を確認した。
ヨシュアの高そうな財布も時計も洋服も無くなっている。
あんな体でどこへ行ったんだろう。
不安で一杯になった俺は急いでヨシュアに電話をかけた。
しかしその直後不安は絶望に変わる。
携帯から聞こえてくるのは「この番号は現在使われておりません」という機械的な女性の声。
俺頭良くないけど馬鹿じゃない。
ヨシュアは俺を庇って変態の所へ行ったんだ。
以前変態から貰った名刺の番号にかけても案の定俺の番号が着信拒否されている。
少しでも幸せ気分に浸りたくてちゃんとヨシュアと話をしなかった自分を後悔した。
ヨシュアと一緒ならAVでも半年間風俗でも、俺頑張れたのに...
「なんだよっ、勝手に決めるなっ...」
涙が溢れてももう拭ってくれる人は傍には居ない。
俺は再びヨシュアの温もりが残るベッドに入ると、一緒に買いに行ったラパンちゃん柄のヨシュアの枕を抱きながらひたすら泣いた。




親友に裏切られた事から始まって、一時とは言え風俗で体を売った俺。

借金を負って休学届けを出した時友達は表面的な心配をしながら少しずつ俺から離れていった。

他人を一切信用出来なくなり、社会の闇に堕ちていく俺を唯一の味方である自分ですら愛せなくなっていた。

そんな中で出逢ったあいつは、あんな暗い世界でも強く輝いて見えた。

こんな汚れきった俺に同情するどころか、あいつは当たり前の様な顔して優しく俺を受け入れてくれたっけ。

表の人間だった俺と裏の人間だった同い年の俺達が何かの間違いで出逢ったしまってから惹かれ合うのは一瞬だった。

初めて体を開かれて俺の凍った心を開いてくれたのもあいつで...

恋も愛しさも悲しみも喜びも全てあいつが教えてくれた。


ヨシュア...


もう逢えないのか?


こんな切ない気持ちまで俺に教えていくのかよ。



あの時初めてあの店に向かっていた絶望よりも、今の方がずっと辛くて悲しくて身心も張り裂けそうだ。






月日は流れて嫌でも日常が俺の元に戻ってくる。

ある柔らかい日差しの朝、俺は制服を着て元居た世界に戻っていった。

この時が本当に風俗少年桜庭ネクを卒業した日なのかもしれない。

幾度も涙の夜を越えて俺は切ないこの想いを胸の中に冷凍したまま、朝の光の下を歩いて懐かしい日常に帰っていった。







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