「コンポーザー、お客様が見えましたよ。」
「ん...なに?こんな時間に...」
急に明るくなった部屋の明かりが眠たい眼に染みる。
メグミ君に起こされて時計を見たらまだ深夜だった。
来客なんて珍しい、今度は複数プレイでもさせられるのかな。
「めんどくさい...寝かせてよ...」
出掛けにセックスに付き合ってやったばかりなのに人の体をどこまで酷使するつもりだろう。
僕は布団に潜り込んで狸寝入りを決め込んだ。
「コンポーザー、起きてください。ああ、寝起きのキスをして欲しいのですか?可愛い方だ。」
気持ち悪い台詞と共にメグミ君が布団に入ってくる気配がしたので僕は慌てて飛び起きた。
「来客って誰?何の用件だい?」
趣味の悪いネグリジェもプライドさえ捨ててしまえば案外着心地が良くて気に入っているけれど、流石にこの格好で人前に出る非常識は持ち合わせていない。
面倒くさいけど僕は渋々ラフな部屋着に着替えた。
メグミ君は何だか楽しそうに無理矢理僕をリビングに連れて行く。
やっぱり3Pでもさせられるのかな...
変態の趣味に付き合うのも慣れたとはいえ流石に寝起きに複数は辛い。
壁一面ガラス張りで夜景が広がるリビングに連れてこられるとソファーに人の気配があった。
後ろ向きで顔は見えないけど取りあえず客は一人みたいで少し安心した。
最悪二人を相手にすればまた安眠が待っている。
「約束通り連れてきましたよ。」
後ろからだとその客人はソファーに埋もれて髪の毛しか見えない。
何だか見覚えのあるオレンジ色。
僕が今でも愛してやまない大切なあの子と同じ。
「ヨシュア?!」
「ね、ネク君っ?!!」
それは紛れもなく僕の大事な恋人だった。
ネク君は駆け寄って来るとぎゅっと僕にしがみ付く。
「よかった、ヨシュア、元気そうで良かったっ...」
懐かしいネク君の匂いがする。
まだあのシャンプー使ってるんだ。
全然背も伸びてないし髪形も同じだし、抱きつく時に必ず左肩に顔を埋めるのも変わってないんだね...
「ネク君...」
ってそんな事よりも何でここにいるの、僕の犠牲を無駄にしに来たの?
一年も誰の為に頑張ったと思ってるの、でもネク君の事だからひょっとしたらこんな事やらかすんじゃないかってどこかで思ってたよ。
だからこういう時は冷たく追い払うって決めてたんだ。
僕がメグミ君に好意を抱いている振りをすればネク君も諦めてくれるよね。
そうすれば君も気兼ねなく普通の生活を送ってくれるよね?
「ネクくん...僕今幸せなんだ...」
持余していた両手が抱きしめたくて落ち着かない。
「ヨシュア...」
顔を上げたネク君の瞳が悲しく揺れた。
君も予想していたのかな、次第に諦めたように僕に抱きついていた腕の力が抜けていく。
ああ、僕はまたこの大好きな体を手放さなければいけないんだね。
「幸せなら、良かった。とにかく元気そうで良かった。」
よっぽど僕の体調を気にかけてくれていたのかネク君はそればっかり言っている。
幸せに決まってるよ、今でも君に想われていたなんて、もうどうなってしまってもいいくらい、
「幸せだよ、ネク君っ」
さっきから胸の中が熱くて心臓がどきどきしてまだ僕にはこんなに血が通ってるんだなって思い知った。
胸がきゅんと痛くなってどうにもならなくて、気が付いたら理性は吹っ飛んでいてついに両手はネク君を抱き締めていた。
ネク君は相変わらず男の癖に細くてちょっと柔らかくて抱き心地がいい。
「うっ...」
耳元ですすり泣く声がして、どうやら僕の本心は伝わっちゃったみたいだ。
ああ、どうしよう、こんな感動的な再会しちゃって怖くてメグミ君の方見れないよ。
「良かったですね、桜庭音操。」
しかしメグミ君は何故か拍手しながら笑ってる。
あの笑い、絶対なんか企んでる。
ネク君が犠牲になったらどうしよう。
ああもう自ら一年分の苦労を水の泡にするなんて、本当に僕らしくない。
でも仕方ないよ、恋っていうのはいつもの自分を無くしてしまうものだから。
こうなったら一緒に地獄に落ちてもらうよネク君。
でも君と一緒ならどこでも天国、かな。
「ヨシュア、俺...」
ネク君は恐らくメグミ君と何らかの契約をしたんだろう。
離れたくないとでも言うように再び僕に強くしがみ付く。
「メグミ君、ネク君をどうするの?約束違うんじゃない?」
「フフ、違いますよコンポーザー。彼が自ら私に抱かれたいと言ってやって来たんです。ああ、シャワーを浴びてからがいいんでしたっけ?」
ああ、なるほど、そういうことか。
ネク君は気まずそうな顔しながら名残惜しそうに僕から腕を離す。
「ヨシュア、ごめん...約束だから...」
涙を拭きながらネク君は渋々メグミ君の元へ行く。
「駄目だよ!ネク君!」
僕はすかさずネク君の腕を引っ張った。
「ヨシュア、いいって!俺覚悟決めてるから。」
ネク君は強くて満たされたような眼差しで僕を見る。
出逢った頃のか弱くて怯えた目をしたあの子はいつの間にこんなに強くなったのだろう。
「ネク君!嫌だよ!」
それでも僕が離さないでいるとメグミ君が楽しそうに薄笑いを浮かべてこっちを見てる。
「桜庭ネクの罰金の件、一年経っても契約書は残ってますからね。今からでもとある知り合いに債権を売ってもいいのですが。」
そうだ、ここは冷静にならないと。
僕達は彼に弱味を握られてるんだっけ。
でも目の前に毎日想いを募らせたネク君がいるんだよ、冷静になれる訳がない。
僕はネク君が困っているのもお構い無しに再びネク君を離すまいと強く抱き締めた。
「ヨシュア...」
すると突然部屋のインターフォンが鳴った。
こんな時にまた来客みたいだ、今度こそ複数プレイの要員でも来たのだろうか。
「何ですか、いいところで。」
メグミ君はブツブツ言いながらインターフォンの画面に向かう。
その間に僕はネク君の懐かしいいい匂いのその髪を撫でながら色々な策を考えていた。
「あ、ヨシュア、ちょっといいか?」
今度はネク君のマナーモードの携帯が鳴り出して何だか慌ただしい。
ネク君が電話を取るから僕はソファーに座って相変わらず思考を巡らせる。
いっそ変態を殺してしまおうか、初犯で未成年ならどのくらいの刑期で出られるだろう。
どうせ死んだような生活を送ってきたんだしネク君の為ならもう少しだけそれが伸びても構わない。
そんな危険な事を僕は割りと真剣に考えながら煌びやかな渋谷の夜景を眺めていた。



着信相手は猩さんだった。
心配してかけてきてくれたんだろうか、嘘は心苦しいけれど俺はもう大丈夫って言うしかない。
「もしもし、」
すると予想外に猩さんは耳が痛くなるほどの声を張り上げている。
『おい!!平気か?!何もされてないだろーな!!すぐオートロック開けろ!!今そこのマンションの下にいる!!』
「ええ?!何でだよっ?!!」
意外な展開について行けず暫くその場をうろうろしてしまう。
『早く開けろ!!』
「は、はいっ!!」
訳が分からず俺は慌てて変態のいる方に駆けて行った。
インターフォンは何度も何度も鳴り響く。
俺を助けに来たんだろうか、でも事情は理解してくれている筈だ、ありえない。
しかし意味の無い行動をする人だとも思えない。
テレビ画面の前では変態が眉をしかめて訝しげに画面を見詰めている。
俺は変態を押し退けてすかさず開錠のスイッチを押した。
「何やってるんですか?!セキュリティーを呼びますよ!」
「うるせぇ!この変態!」
猩さんがオートロックを通過するのを確認すると俺は急いで玄関に走った。
変態が何か脅しのような事を言って追いかけてくるけどそんなの知らない。
玄関を開錠すると後ろから変態に取り押さえられる。
しかし最上階のボタンを押したエレベーターは高速で駆け上がりすぐに玄関の扉が開いて猩さんが入ってきた。
「何やってんだてめぇ!ネクを離せ!このヘクトパスカルがっ!!」
彼は取り押さえられている俺を見て怖い顔して変態にガン飛ばしてる。
仮にもオーナーなのにそんな態度で大丈夫なんだろうか。
「貴方はうちの従業員ですね、何の用件ですか?」
猩さんの後ろには何人もの黒いスーツの男達がいた。
同じスーツでも俺がさっきまで囲まれていた派手な男達とは違って、皆きっちりと切り揃えられた黒髪に眼鏡でお堅い顔をしている。
「用件はこちらで説明しますので同行願います。」
一人の七三分けの眼鏡の男性が丁寧な口調で説明しながら何とか状とかいう難しい事が書いてある紙を変態に見せている。
変態は弁護士がどうとかぶつぶつ言いながら彼等に着いて行った。
全く状況が理解出来なくて俺は訳が分からずに一連の流れを唖然と見詰めていた。
変態は黒尽くめの男達とエレベーターの中へ消えていく。
いつの間にかヨシュアが駆け付けていて俺の後ろで腹抱えて笑ってる。
猩さんも気が付いたらあいつ等と共に消えていた。
何なんだこれ??誰か説明してくれ!!
まるで嵐が過ぎ去った後の様に玄関は静まり返っていてヨシュアの笑い声だけが響き渡っていた。
「アハハ、お腹痛いよネク君!あの顔見た?」
何がそんなに可笑しいのかヨシュアは笑い続けてる。
こんなに爆笑してるヨシュアは珍しい。
状況は理解出来ないけど楽しそうなヨシュアを見てたら何だか俺も楽しくなってきて思わず顔が緩んだ。
「あの人ネク君の客だった人だよね?彼いい仕事するね、フフっ」
「いい仕事、したのか?あれ一体何だったんだ?」
猩さんが俺の為に何かをしてくれたのは分かるけどあまりに一瞬だったのでそういえば話もろくにしてない。
「フフフ、悪者は消えたって事じゃない?さてと、僕帰る支度しよう♪」
ヨシュアは軽い足取りでリビングの方に戻って行った。
釈然としないけどなんかこれ、大団円なのか?
お礼というか状況を確認するために俺は猩さんに電話をかけた。
「もしもし、その...一体何だったんだ?」
『ああ、こっちはもう大丈夫だぜ!ゼタいい気味だな!お前はもう何も心配するな!あいつ連れて早く帰れよ!』
猩さんまでなんだか楽しそうだ。
「変態...あ、オーナーは?あいつはどこに行ったんだ?」
『今頃警察だろ!』
「け、警察?!」
と言うことはさっきのスーツ達は警察だったのか。
確かに変態のしてることは犯罪だしな、でもなんでこんなに突然。
こんなタイミングでまるで俺達の為に邪魔者を捕まえてくれる人なんて...
それくらいはいくら俺でもすぐに分かる。
ありがとうって言葉じゃ安っぽすぎるくらいの感謝の気持ちが溢れてきた。
『お前と再会した時にアイツの事聞いて色々調べてやったぜ。いつか落としてやろうと思ってたからゼタいい機会だ!あの店俺の物にしてやる!』
話を聞くと、俺からヨシュアと変態の関係を聞いて彼は変態が麻薬の売買ルートを持っている事を調べたらしい。
そこから脱税の内部告発やら未成年との淫行などの数々の変態の悪行をタレ込んだというわけだ。
『お前がシャブ中の事教えてくれたお陰だぜ!ありがとな。』
「そんなっ...こっちこそ、何て言ったらいいか...俺っ」
感謝の気持ちを伝えようとしても涙が込み上げてきて声にならなかった。
『...別にお前らの為じゃねーよ、自分の為だ!それに、さっきはあんなことしちまったし...悪かったな』
泣きながら首を横に振ったけど、電話越しの彼には伝わらない。
俺のボキャブラリーじゃこんな想いを上手く伝える言葉が見つからなくて、ただ泣く事しか出来なかった。
「うっ...ありがとっ...」
『今度こそあの街に戻って来るんじゃねーぞ!わかったか!このヘクトパスカル!』
「っ...はい」
俺が泣いてるときはいつも不器用に慰めてくれて、いつも知らないうちに根回しして俺の事助けてくれて、俺にとって彼はかけがえの無い人。
いつかきっと彼に恩返し出来る様な大人になろう、出来ればそこにヨシュアがずっと居てくれれば言う事無い。
彼は俺の感謝もろくに聞かないまま忙しそうに電話を切ってしまった。
俺が必死で泣き止もうとしているといつの間に支度したのか高そうなキャリーバッグを持ってヨシュアがやって来たのでまた感慨深くなって泣けてくる。
「フフ、メグミ君の高そうなもの色々物色しちゃった。ネク君も欲しい物あったら貰っちゃえば?」
ヨシュアは慰謝料代わりのつもりだろうけど俺はあいつの物なんていらないし、第一ヨシュアがいれば何もいらない。
そんなクサイ事はとても口には出せないけど...
「帰るか。」
幸せな気持ちで一杯になったら自然と顔が緩んで、ああ、今やっと心の底から笑えたと思った。
「そうだね。」
ヨシュアもそんな顔してる、心が通じ合ってるとお互いの表情がまるで鏡に映したように似るんだろう。
「こんな家早く手放す事になるといいよ。二度と来たくないね!」
ヨシュアは玄関のドアを思い切り蹴って清々した顔をしている。
「だな!」
俺も一緒にドアを思い切り蹴ってやった。
本当、ヨシュアの辛い思い出ごとこんな家消えて無くなってくれればいいんだ。
「そういえばネク君何でスーツなの?フフっもしかしてホスト気取りかい?」
「う、うるさい///色々と事情があるんだよ!」
外は長い夜が明けようとしていて空の下のほうがうっすらオレンジ色になっている。
逆光で真っ黒に染まっているビル達を太陽が少しずつ色を着けていく。
長い間の一人ぼっちの切ない夜も今やっと明けようとしていた。



「ネクばいばい!ヨシュアもまた明日ね〜」
「また明日なネク!ついでにヨシュアも。」
「僕はネク君のついでかい?」
「あ〜もう、ヨシュア、行くぞ!」

ビイトとヨシュアは対極すぎて本当に些細なきっかけで喧嘩を始めるから俺とシキはいつもハラハラしっぱなしだ。
俺達と同じ制服を着てクラスメイトと喧嘩しているヨシュアはもうどこからどう見ても普通の少年だった。
ビイト達と別れて二人で渋谷をブラブラしながら俺んちに帰るのがもう当たり前の日常になっている。
「ネク君おなか減った。」
「じゃあラーメンでも食ってくか?」
「そうだね。」
何の誘惑も危険もない平和な毎日で、俺達の楽しみと言ったらここのラーメンとマブスラ。
実に子供らしい!そして健全だ!
でもたまに傍から見たら間違ってる知り合いに声を掛けられる事もしばしばある。
「おい!お前らまた寄り道か!送ってってやる、乗れ!」
「いいのか?!」
制服に身を包んだ少年二人がやんちゃなエンジン音の真っ黒なスポーツカーに乗り込む姿なんてやっぱり傍から見たら間違ってるよな。
「このエンジン音何とかならないのかい?耳が痛いよネク君...」
「うるせぇ!文句言うな!捨ててくぞ!」
この二人も対極すぎてたまに空気が淀むので間に挟まれる俺は大変だ。
「あのガキ共ゼタうぜぇ!早く横断歩道渡れ!轢くぞ!」
「フフ、轢いちゃいなよ」
でも元々同じアングラな臭いがするのかたまに物凄く打ち溶け合ってたりする時があるから分からない。
常識外れな事にはよく同調し合ってるから案外気が合うのかもな。
でも俺と猩さんとのあの一回きりの出来事はヨシュアには絶対の秘密だ。
酒が入ってたとは言え確かに彼の愛を受け取った大切な思い出。
ヨシュアは俺より大分非常識で色々と開けてるけど、やっぱりこれだけは怖くて言えないな。
「じゃあな!今夜もハメまくって明日遅刻すんじゃねーぞ!またな!」
「なっ///!!そんなことっ//!!」
「フフ、手加減しておくよ。」
猩さんは悪戯に笑って再び轟音のエンジンをかけて去っていった。
またな、って言葉が笑顔で出せるって幸せだ。
こんな日常が当たり前に思えるって幸せだ。
今が普通、って思えるのはこんなにすばらしい事だったんだな。
あの街にはきっともう戻る事はないけれど、俺に社会の怖さと人の暖かさを教えてくれたあの街には感謝している。
何せ普通じゃない恋愛や経験、沢山したもんな。
結果こんなに今を楽しめているんだ、こんなにもヨシュアが愛しいんだ。


「ネク君、僕の枕が無いんだけど...」
「ほら、ここに落ちてるだろ?」
「あ♪本当だ!」
ヨシュアは相変わらずラパンちゃん柄の枕を気に入っていて、俺はもうそれを抱かなくても寂しくなんかない。
寧ろ今度は俺がヨシュアに抱かれている。
「ちょ、ヨシュア//明日一時間目から体育だろ?」
「フフ、そんなのさぼっちゃおうよ♪」
「待てって///...ん、」
「ネク君ここ好きだね♪」
「っるさいな///...ァ...」
猩さんの忠告通りになったら洒落にならないんだけど、明日一日くらいならまぁいいか。
「あ、ネク君!見てよ!」
布団の中に潜っていたヨシュアが急に顔を出してテレビを見入っている。
つられてそっちを見ると懐かしい顔が映っていた。
「うわっ!!変態っ!!」
「ついに明日判決かぁ。フフ、麻薬関係はきっと当分は出て来れないだろうね。その間に会社あの彼が乗っ取るんじゃない?彼ガサツだけど頭はキレるみたいだし。」
「猩さんならやりかねないな。」
変態に対しての憎しみはまだ消えない。
ヨシュアが一年間どんな目に合っていたかは聞く気も無いし寧ろ知りたくもないけど、ヨシュアの体をここまで治してくれた事には感謝せざるを得ない。
でも未だにヨシュアが治療薬を飲んでいるのを見ると少しだけ切なくなるけれど。

「ネク君おやすみ...」
「ああ、おやすみ」
あの頃眠れないと言っていつも部屋の隅で蹲っていたヨシュアは、今俺の隣で気持ち良さそうに寝息を立てている。
セックスしてる時はあんなにリードするくせに、事が済むと力尽きて先に眠ってしまう。
俺の胸元に甘えるように顔を埋めて眠る癖はずっと前から変わらない。

風俗少年だったあの時は辛くて苦しかったけど、今では二人の大切な思い出だ。
人生どんなどん底に落ちても捨てたもんじゃないな。

「ん...ネクくん...」
隣で俺に抱きついている愛しい人。
今日笑顔でまたなって別れた大切なあの人。

密かに俺は大切な人を二人も巡り合わせてくれたあの店に感謝している。

風俗少年桜庭ネクは結構幸せ者だったよな。



今日も静かで優しい夜は更けていった。




明日もまた平凡な日常が俺達を待っている。










side.1



男だったら誰でも一度は胸をときめかせながら訪れるだろう歓楽街。

それなのに絶望と恐怖を抱えながら俺は歓楽街の更に奥のアングラな風俗店に足を踏み入れていた。

多分人生で最も不安を抱えたのは今日だと思う。

「あ、あの...紹介で来た桜庭ネクです...」

俺の体も存在もどうでもいい。何にでもなれ。
俺は完全に自暴自棄になっていた。

まだ恋もしたこともなく童貞の俺は自分を完全に塞ぎこみ少年風俗の道を歩む事となってしまった。




でもどん底に堕ちた気持ちのどこかで何か新しい自分を期待している俺がいる。

特に面白くも無かった日常。

平凡で普通でつまらない日常。

堕ちるとこまで堕ちた自分には普段では気が付かない何かが見えるかもしれない。

それがいい事なのか悪い事なのか今の俺にはまだ分からないけれど。




言い知れない直感が何かを期待させる。



未来は果たして明るいのか暗いのか。



一年後の俺、答えを聞く時を楽しみにしているよ。








side.2






「ヨシュア、今日からお前とタメの新人が入るらしいぞ。仲良くしてやってくれよ〜」
「ふうん。興味無いね。」

ドラッグで体も頭もイカレてて、毎日好きでもない男に体を弄られて、たまに自分がどうしようもなく惨めになる。

もう長い事この小さな部屋の中で続くそんな生活。

どうしようもなく真っ暗な日常。




でもいつかこんな僕をここから連れ出してくれる人が現れるんじゃないかって、そんな事を夢見ていたりする。


実に他人任せで下らない夢物語だけれど。




明日の僕、一ヵ月後の僕、想像するだけで状況は悪化していく。


未来は真っ暗で一筋も希望の光も見当たらないよ。


僕をここから連れ出してくれる王子様かお姫様はきっと現れない。




一年後の僕、何してる?

幸せかい?





出来れば大好きな人と平凡でありふれた日常を送っていられますように...










END





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