「…おーい、ヨシュア、飯食うか?」
ワイルドキャット二階の羽狛さんの寝室。
黒いシーツに包まれた無駄に大きなキングサイズのベッドで僕は死んだように疼くまっていた。
「…いらないよ」
うわ言の様に呟くと羽狛さんはそうか、と言って扉を閉めた。
学校ではあんな別れ方したし折角もう一度ネク君に会いにあの場所に行ったのに。
ネク君が僕を忘れてキスした。
えっちな事もした。
ほったらかしにしていた僕が悪いのかな…
ネク君は僕が演じる大人の男性に恋をしてしまった。
試すように賭に出たのに、裏目に出てしまった。
去り際に毎日待ってるって言われてしまった。
「…ふぅ」
深い溜息をついて寝返りをうつと僕のオレンジ色の携帯が転がっていた。
ネク君の髪と同じ色。
何となく画面を開いて隠し撮りしたネク君の横顔を見つめた。
もう僕は嫌われちゃったのかな。
学校でも酷い事しちゃったし。
すると突然携帯が着信画面に変わる。 
ネク君の名前が表示されて心臓が跳ねた。
「もしもし!ネク君?」
すぐに通話に切り替えたけど言い知れぬ不安が僕を襲う。
『…ヨシュア、今大丈夫か?ちょっと話したくて』
話がある、なんて大概いい事じゃない。
ましてや今日の帰り際口も聞いてもらえなかった。
それなのに電話してくるなんて…
「何だい?」
散々無視しといて今更何?みたいな声を装っているけど、内心不安で胸が苦しかった。
下らないプライド、そのせいでどれだけ君とすれ違ったんだろう。
『あ…その、今日さ、』
「うん、なに?」
今日、酷い事したこと?浮気したこと?不安でいっぱいだよ。
『学校でごめんな、久しぶりに会えたのに。』
「え?ああ、気にしてないよネク君」
意外な言葉につい面食らってしまった。
謝らなければいけないのはあんな事した僕の方なのにごめんね、の一言が言えない。
『…あのさ、…』
ネク君が言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「…何だい」
その先の言葉を予想して、覚悟を決めた。
『俺、多分お前に相応しくない…』
震えた声、泣いているのかな。
てっきり好きな人でも出来たからってフラれると思ってたのに、意外にもネク君は自分を責めて自暴自棄になっていた。
僕がネク君を煽って気持ちを試した事がこんなにネク君を追い詰めてしまったなんて。
やっぱり優しいネク君。
『…最低なんだ、俺』
最低なのは僕だよ、嫉妬して君を騙して。
それなのにネク君はプライドなんかにこだわらなくて、いつも飾らない言葉をぶつけてくる。
君で、よかった。
「フフ、わかったよ。相応しくなったらまた戻っておいでよ」
顔がつい笑ってしまうけど、悟られないように声のトーンを意識して下げた。
『っ…ヨシュア、俺っ…』
僕があっさり突き放したものだからネク君は更に掠れた声を詰まらせる。
ちょっとくらい意地悪させてよ、僕はいっぱい傷ついたんだから。
「じゃあね。」
『あっ、ヨシュア』
一方的に電話を切って静かになった携帯をネク君みたいに抱きしめた。
ネク君は僕を想っていっぱい悩んで苦しんで電話してきてくれたんだね。
変な嫉妬してた僕が急にばかみたいに思えてきてしまう。
気分が晴れるといつまでもベッドになんか寝転んでられなくて、寝室の窓を開けて空気を入れ替えた。
夜の冷えた空気が僕を包んで軽く身震いする。
空を見上げると月の柔らかな光が僕を照らした。

ネク君ごめんね、明日はきっと君を幸せにするから。 

だから今夜は僕の事たくさん考えてね。








未だに信じられなくて通話後の機械音を繰り返し聞きながら呆然と固まっていた。
携帯を耳から離すと既に液晶画面は隠し撮りした寝ているヨシュアの待ち受け画面に変わっていた。
手が震えてヨシュアの寝顔がぶれる。
胸が詰まるような苦しさを覚えると目頭が熱くなって液晶画面を涙が汚していった。
俺、振られたんだよな、当然だな…
元々は自分からふさわしくないなんて切り出したのに結果振られた形になってしまうと途端に後悔に襲われる。
他の人にも恋心を抱いてしまった自分を何度も何度も責めた。
どこかでヨシュアがあの人への気持ちを打ち消してくれるんじゃないかなんて淡い期待をしていたのに、
見事に突き放されてしまい酷く寂しい気持ちになった。
ヨシュア、ごめん、ごめん…
零れる涙の数だけ二人の事を思い返すと、
どんな出来事も不思議と甘く優しい思い出に変わっていって俺を優しく慰めた。
部屋の窓を開けると深夜独特の闇と澄んだ空気が俺を包む。
空に浮かんだ月は涙で滲んでぼんやりとした輝きを放っていた。

二人の人間を同時に愛してしまう事がこんなにも罪だなんて知らなかった

その罰がこんなにも辛いなんて思わなかった

こんなにもヨシュアが大好きだったなんて、もっと早く気付いていたかった…

ヨシュアと繋がっているこの同じ夜空に向かって償うようにそんな事ばかり想いながら泣いた。




殆ど寝られないまま朝を迎えると瞼に違和感を感じた。
触ってみるとぷっくりと腫れている。
こんな顔で学校なんか行きたくない、もしヨシュアが来ていたらこんな顔見られたくない。
重い手付きで制服に着替えているとズボンのポケットから昨日の汚れたハンカチがはみ出していた。
あ、そういえば、これっ…///
昨日の行為を思い出し思わず赤面してしまう。
今日も会えるか分からないけれど取り合えず洗って返そうと思い洗面所に向かった。
ヨシュアの瞳みたいな深い紫色のハンカチを洗いながら、あの人の事を考えた。
あの人を想うとやっぱり胸がどきどきするけれど、同時にヨシュアを思い出してちくちく痛んだりする。
今日もしも会えたら、この気持ちに決着を着けよう。
今ならどっちが大切なのか答えが出せるはず。
ハンカチをドライヤーで乾かしながらそんな漠然とした決心をしていると、ふとある事に気が付いた。
「あ…これっ…」
全く気に留めてなんかいなかったけれど、この深い紫色…
あれはUGで初めてヨシュアと買い物に行ったときの事。
まだ俺はシキの事のショックが抜けなくて大して興味もなかったけど…

『ねえネク君、こっちの紫とオレンジどっちが僕に似合う?』
『そんなの何でもいいだろ、早くしろよ』
『うーん、どっちか決めてよネク君。』
『じゃあ紫、早く行くぞ!』
『じゃあそうするよ♪ネク君、待ってよ!』

あの時ヨシュアの目の色によく似てるからってそう思った。
そういえばあの体育倉庫で初めてした時もヨシュアがこのハンカチが汚れたからって嘆いていたっけ。
あの時はもう恥かしくて目も合わせられなかったからやっぱり気に留めていなかったけど。
「はは、そっか…」
洗面台の大きな鏡に情けなく笑いながら涙を浮かべる俺の姿が映っている。
そんな鏡の中の俺にもう大丈夫だから、と優しく笑ってみせた。


気がつけば登校時間が迫っている。
慌てて家を飛び出して学校に向かった。





通学路には殆ど生徒の人影は無く、がらんとした広い道を急いで走った。
しかしもうすぐ校門付近という時に遠くで学校のチャイムが鳴り遅刻が確定した事を悟ると諦めて急ぎ足を止めた。
ああ、遅刻か…何やってんだろ、俺。
肩で呼吸を整えながら歩いていると校門の前に人影があった。
遅刻者を取り締まる風紀の先生かと思いびくびくしながら近付くと、よく知ったあの背の高くてほっそりしたシルエットだった。
長めの前髪が顔に掛かっていてその隙間から優しい眼差しが俺を見詰めていた。
深い紫色の優しくて強いあの瞳。
「やあ、おはよう。フフ、遅刻かい?」
胸がきゅんとして、ああ、やっぱり大好きだって思った。
当然だよな、俺がこんな気持ちになるのはこの世でたった一人しかいない。
相変わらず意地悪でプライドが高くて、いつも俺を振り回す。
「お前だって遅刻だろ?」
笑って答えてやると彼は目を真ん丸くして驚いた顔をした。
その顔が急に子供じみた表情に変わるもんだからお腹の中から沸々と笑いが湧き上がる。
「ネク君…フフ♪」
彼が情けなく笑って見せた。
「ははっ…」
二人して笑っていると遠くで先生が呼んでいる声がした。
部外者の大人と遅刻した生徒が学校の前にしばらく立っていたものだから不審に思われて当然だ。
先生が何やってるんだ、と怒鳴りながらこっちに近付いて来る。
「ネク君、行くよ!」
「そうだな!」
あの大きくてほっそりした手が俺のまだ未発達な手を握った。
先生が追い掛けて来たけれど何だか二人で逃げるのが楽しくてつい笑みが零れる。
「ネク君どこ行きたい?」
「どこでもいい」
ヨシュアと一緒ならどこでもきっと楽しいに決まってる。
まだ朝の優しい日差しの中を二人で走っていった。
繋いだ手は力強くて俺を決して離さなかった。