ドアのスライドされる音と共に転校生が入ってきた。 教室がざわめいている。 煩い… 喧騒で俺の頭のヨシュア像が掻き消されていく。 俺は視線を外に向けたまますかさず机に突っ伏して再び一人の世界を堪能しようとした。 「桐生義弥です。よろしく♪パパとママはヨシュアと呼ぶのでそう呼んで下さい。」 ああ、そうだ。 あいつと初めて出会った時確かそう言ってたっけ。 ……て、え?今何て? え…え?えええええ!!!!!! 「おっ!!!おまっっ!!!」 俺が勢いよく立ったお陰でガタンと大きな音を立てて椅子が倒れた。 ヨシュア!!ヨシュアがいる!! 何でだよ?!ここ俺の学校だぞ?! 何でうちのブレザー着てるんだよ!!! まさか夢?! コンポーザーやってなくていいのかとか、 普通にこの世界にいていいのかとか、 様々な思考が俺の脳内を一瞬にかけ巡っていった。 「ネク君♪♪♪会いたかったよ〜ネク君!!」 突如クラス中の視線が俺に集まった。 俺は当然ヨシュアに釘付けだ! そんな中ヨシュアは俺に駆け寄って来るとなんといきなり抱き着いてきたのだった!! 「フフフっ♪ネク君の為に編入したんだよ?お気に召してくれたかな…」 そう言ってヨシュアはキラキラ輝く目をそっと閉じると… うわあああ!!! 顔近い!! 目を閉じるな!! こんな所でキスしようとするなっ!! 「なっ!!何してんだよっ!!離れろ〜!!」 俺は必死でヨシュアを引き剥がしながらふと周りを見渡すと、 完全にクラス中が俺達に引いているのが分かってしまった。 特に女子の視線は色んな意味で痛かった。 ああ…折角世界を広げる為にこれからは友達作ろうと思ってたのに!!! ヨシュア…いっそあのままいい思い出になってくれた方がどんなによかったか! 俺の明るい未来はどうやらこのトラブルメーカーのせいで完全に閉ざされてしまいそうだ。 担任のいらない気配りの所為でなぜかヨシュアは俺の隣の席になっていた。 まだ教科書が揃ってないから見せて欲しい、という理由でヨシュアは自分の机を俺の机にぴったりとくっつけてくる。 「ネク君、よく見えないよ…」 ち…近い!! まるで寄り添う様に俺の教科書を覗き込むヨシュア。 周りの席の奴らが次第にその距離を遠ざけて行くのが分かった。 完全に引かれている… 一時間目は俺の苦手な英語。 先生が宿題の答えについて何か言っている。 何時もなら恐縮しながら当てられない事を祈る俺だったが、 ヨシュアの所為でもはや俺は完全に周囲の事しか頭になかった。 「おい…お前もっと離れろよ…」 クラスメイトの視線を伺いながら俺は小声でヨシュアに囁いた。 すると、一瞬むっとした表情を浮かべると何を思ったのかこいつは突然手を上げて、 「先生!フフっネク君が答えたいみたいですよ♪」 いきなり突拍子もない事を言い出した!! 「なっ!!何を言って!!」 そして結局俺は答える羽目になり当然その解答は間違っていた… ヨシュアは声を堪えて笑っている。 こっコイツ!!何がしたいんだよ〜!!! 一時間目終了のチャイムが鳴り、待ち焦がれた休み時間がやってきた。 やっとヨシュアと二人きりで話が出来る!! 文句も含め色々と聞き出してやろうと意気込み、俺はヨシュアの手を掴んで教室を走り去った。 「ちょっとネク君!手痛いよ!そんなに焦らなくても…」 ヨシュアは何か勘違いをしているようだが、気にせず俺はヨシュアをあまり人の来ない屋上に通じる最上階の階段に連れ込んだ。 「ハァ…ネク君疲れちゃったよ…」 ひ弱なヨシュアは両膝に手をついて乱れた呼吸を整えている。 俺だって色んな意味で疲れたよ!! 「お前っ、どういうつもりだよ!人前であんな事するな///!!」 そんなヨシュアを気遣う余裕も無く、俺の罵声は続く。 「ここはUGとは違って皆が見てるんだぞっ?!」 階段に俺の声がこだまする。 その余韻が消え沈黙が訪れた後、落ち着きを取り戻したヨシュアが冷静に口を開いた。 「ネク君は僕に会えて嬉しくなかったの?」 何か見透かした様な眼差しが俺の心臓を射ぬく。 ドキリと鼓動が高鳴った。 嬉しいに決まってるだろ… どんなに会いたかったか! どんなに心配したか! 俺がどんなに切なかったか…。 そんな事きっとお前には解らないかもしれないけど。 だからあんな驚かす様に俺の前に現れたヨシュアに正直ちょっと腹が立った。 「い…今はそういう話じゃないだろ…///」 初めに怒ってしまった手前今更再会を素直に喜べず、俺は話題を元に戻そうとした。 しかし、泳ぐ視線と上昇する体温で赤く染まった肌は、明らかに俺の内心を表していた。 「フフフ…嬉しくないならやっぱり僕あっちに戻ろうかな♪」 俺の本心を悟ったヨシュアは自信満々の笑みを浮かべると、わざと俺を煽る様な事を言ってみせた。 お互い本心を探り合うような会話。 嫌味なヨシュアの笑顔。 全てが懐かしい感覚を思い出させる。 「…そんなの…嬉しくない訳ないだろっ…」 やっぱりこいつには勝てないな… 「フフフ♪ネク君嬉しいよ。」 ヨシュアは満足そうに笑うと俺の後頭部に手を添えて自分の方へと引き寄せた。 あ、キスされる… 決して嫌ではなかったが、久しぶりなのと何せ慣れていない所為で俺は迫り来る緊張感に耐えられずきつく目を閉じた。 ヨシュアの柔かい唇が優しく触れた。 擽ったい… ヨシュアとのキスはこれで五回目。 一々数えているなんてまるで恋する乙女みたいで情けない気もするが、 どれも印象的な思い出なので忘れてたくても忘れられない。 瞼と同じ様に唇も自然と固く閉ざしてしまう。 そんな俺の緊張を解くようにヨシュアは何度も啄む様なキスをすると、 なんと少々強引に俺の唇を割って舌を挿入してきたのだった。 なっなんだこれっ!!! 俺はどうしたらいいんだよ!! ヨシュアの舌が口内をゆっくり舐め回した。 俺は恥ずかしながら訳が分からず、ただ大口を開けてヨシュアにされるがままでいるしかなかった。 初めて他人に粘膜を舐められ擽ったい様なむず痒いような感覚に陥るが、次第にそれが快感に感じられていった。 「ん…ふっ…」 目を閉じている為か五感が冴え渡り、俺はヨシュアの与えるあらゆる感覚を敏感に感じとった。 頭を掴む多少強引な指の圧力。 高まる自分の心音。 粘液が絡み合う水音。 唇の隙間から漏れるヨシュアの熱い吐息。 ああ…キスって凄いんだな…こんなにも相手を近くに感じられるものなのか… 俺はすっかりヨシュアのキスに骨抜きにされてしまった。 「…ん゛っ!…んぅ!」 しかしそんな夢心地もつかの間、キスの呼吸法を知らない俺は息を止めるしか方法が無く、 迫り来る呼吸困難を訴える為ヨシュアの胸を軽く叩いた。 「ふぁっ…ハァハァ…」 やっと解放され慌てて酸素を取り込んだ。 し…死ぬかと思った!!! 「フフっネク君の初ディープキスが奪えて光栄だよ♪お気に召したかな?」 ヨシュアは俺の唇の端に零れた唾液を指で拭いながら、実に嬉しそうな笑顔を向けてきた。 「っ///…苦しかったぞ?!///」 こんな時気の利いた言葉の一つも言えないなんて…自分の経験値を思い知らされる。 「フフフ…その内僕がゆっくり教えてあげるよ。」 初めてのディープキスは学校の階段でまたしても相手はヨシュア。 この先初めてを何処までヨシュアに更新されるのかを考えると軽い眩暈さえ覚えてしまう俺だった。 二時間目のチャイムが鳴り、俺達は急いで教室に戻った。 ギリギリセーフでどうやらまだ先生は来ていない。 「えっと、次は世界史だな…」 「ネク君次も教科書頼むよ♪」 授業になると相変わらずヨシュアの顔は近い… やっぱり周囲を気にしてソワソワしていると、先生が入って来た。 しかし俺の頭の中はヨシュアがまた何かやらかさないかでいっぱいで、先生なんて全く眼中になかったのだった。 「今日から新しく世界史を担当する羽狛です。よろしくな〜♪」 え…今何て??? ぇぇぇえええ!!! 「はっ羽狛さん!?ヨシュア!!羽狛さんがっ!!何でっ!?」 すっかり取り乱した俺とは対象的にヨシュアはいたって冷静だった。 「あれ?言わなかったっけ?フフフ…羽狛さんも一緒に来て貰ったんだ。」 「早く言えよっ!!!」 羽狛さん!!CATが学校にいるなんて!!! 当然驚きはしたが、尊敬している人に授業をして貰える喜びで俺の胸は期待に高鳴った。 「凄いな…羽狛さんが学校にいるなんて!!」 「…何だかネク君僕が来た時より嬉しそうだね…」 ヨシュアは面白くなさそうに嫌味なんか言ってくる。 しかし、その授業の間俺は構って欲しそうなヨシュアをほっといて羽狛さんの話に熱中していた。 これから楽しくなりそうだな… この三人の再会がこれから起こる波乱の幕開になるなど思いもせず、 俺は新しい学園生活に心を踊らせていたのだった。 昼休み、いつも例の屋上に通じる階段で一人で昼食をとっていた俺は、 今日もつい習慣で教室を出ようとした。 「ネク君どこ行くの?」 普通教室で友達と食事するのが常識だろう。 ヨシュアが不思議そうな顔をしても無理はない。 「いつもさっきの場所で過ごすんだ。お前も来るか?」 「いいよ。ネク君と一緒にいたいし♪」 案の定ヨシュアは俺にべったりくっつき、クラス中の視線に見送られながら俺達は教室を後にした。 すこし薄暗い階段に、屋上に通じる扉の磨りガラスから柔らかい光が差し込む。 喧騒は殆ど聞こえず、俺はよく此処で音楽を聞いたりCAT関連の雑誌を読んだりと一人で過ごしていた。 今はここにヨシュアがいる。 俺だけの場所に誰かが干渉してくるなんて前の俺だったら考えられないけれど… 持参した弁当を広げて食べようとすると、ヨシュアが中身を覗き込んできた。 「ネク君チキンナゲット好きだよね。」 「お前も好きだったよな。」 ヨシュアの弁当を見るとお洒落な感じでサラダやマフィンなんか入っている。 どこかで見たような… 「フフっ僕のは羽狛さんが持たせてくれたんだよ。」 ああ、道理でよく知ってる訳だな。 ヨシュアと取り留めのない会話をしながら昼食をすませた。 ゲームの時の緊迫した食事ではなく、穏やかでのんびりした時間が過ぎていった。 チキンナゲット前から好きだったけど、こんなに美味かったんだな。